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仙台高等裁判所 昭和35年(ラ)52号 決定

抗告人 泉金物産株式会社 相手方 株式会社徳陽相互銀行

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取消す。本件増価競売手続開始決定中、元金四〇〇万円及びこれに対する昭和三四年八月一日から完済まで日歩四銭の割合による遅延損害金に関する部分を取消す。」との裁判を求めた。その抗告理由は別紙記載のとおりである。

本件記録と原審昭和三五年(ケ)第一六号増価競売事件記録とを調査すると、盛岡市内丸三一一番の七〇宅地七〇坪及び同番地上、家屋番号第一一一番、木造瓦葺平家建店舖建坪四五・七五坪の本件不動産につき、相手方は、(1) 債権元本極度額三〇〇万円、利息日歩三銭五厘、債務不履行の場合の損害金日歩四銭の債権を担保するため設定した第一順位の根抵当権及び(2) 債権元本極度額四〇〇万円、利息並びに損害金右同の債権を担保するため設定した第三順位の根抵当権を有していたところ、抗告人は昭和三四年一一月一六日本件不動産の所有者たる佐藤清治からこれを買受け、同日その旨の所有権移転登記を経由したこと、相手方は抗告人に対し、同年一二月八日付内容証明郵便をもつて抵当権実行の通知をしたところ、抗告人は相手方に対し、昭和三五年一月七日到達の書面をもつて、民法所定の抵当権滌除の通知をしたので、相手方は抗告人に対し、同月二十九日到達の内容証明郵便をもつて、第一順位の抵当権にもとづき増価競売の請求をしたこと並びに相手方は原裁判所に対し、同年二月一日第三順位の抵当権にもとづき本件不動産につき増価競売の申立をしたことが明らかである。

ところで、債権者が同一不動産に対し数箇の抵当権を有する場合に、増価競売の請求をするには、当該不動産の代価または第三取得者が特に指定した金額に不満で、もし競売期日に、第三取得者が提供した金額より一〇分の一以上高価に抵当不動産を売却することができないときには、一〇分の一の増価をもつて自ら当該不動産を買受ける旨を付言してすれば足り、いかなる抵当権にもとづき請求するかを明らかにする必要がなく、たとえこれを明らかにして請求をした場合でも、これに拘束されずにその全部または一部の抵当権にもとづき増価競売の申立ができると解すべきである。けだし、わが民法は債権者が増価競売の請求をするに当つて、そのいかなる抵当権にもとづいてこれをするかを明らかにすべきことを求めていないし、元来、滌除が成立するためには、複数の債権者がある場合には、その債権者全員の承諾を要し、たとえ一人の債権者でもこれを拒絶するにおいては滌除は成立しないものであり、また一人の債権者が数箇の抵当権を有する場合には、その一の抵当権について滌除を承諾して、他の抵当権についてはこれを拒絶し、或いはその一の抵当権は滌除によつて消滅するが、他の抵当権はなお存続するというが如き結果の発生を容認するが如きことは法の予想しないところであつて、もとより許されるべきものでないからである。もし、それが許されるとすれば、滌除を承諾した一人の債権者または一の抵当権の関係においては、第三取得者は代価または特に指定した金額を弁済しながら、他方においては、滌除を拒絶した他の債権者またはこれを拒絶しもしくは存続する他の抵当権の関係においては、競売手続を阻止し得ない事態の発生を容認しなければならないこととなるのであつて、滌除制度を設けた趣旨が全く没却されるにいたるべく、その不当なことはいうまでもないことである。

したがつて、抗告人の異議申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、民訴第四一四条・第三八四条によりこれを棄却し、抗告費用の負担につき民訴第九五条・第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 桑原宗朝)

抗告の理由

本件競売不動産につき、相手方は第一一順位(事実上第一順位)として、債権元本極度額三〇〇万円の根抵当権を有し、中小企業金融公庫は、第一四順位(事実上第二順位)として債権額一、〇〇〇万円の抵当権を有し、さらに相手方は第一五順位(事実上第三順位)として債権極度額四〇〇万円の根抵当権を有している。抗告人は、昭和三五年一月六日付書面をもつて相手方に対し、金三〇〇万円をもつて抵当権を滌除する旨通知したところ、相手方は抗告人に対し、前記第一順位の根抵当権に基き増価競売を請求した。ところで増価競売の請求は、各抵当権者が、その欲する場合、各有する抵当権のためになすべきものであるとともに、ある抵当権者が数箇の抵当権を有する場合には、いずれの抵当権のためにするかを請求に際し明らかにすべきで、増価競売の請求をしない抵当権は第三取得者のために消滅するものというべきである。けだし、ある抵当権についての増価競売が無効になつた場合、他の抵当権のため増価競売申立が有効になるかどうかは、その増価競売請求の有無により決定されるからである。されば本件において第一順位の根抵当権のための増価競売の請求は、同抵当権に対する増価競売の申立を有効ならしめるが、第三順位の根抵当権に対する競売申立の前提たる増価競売請求として効力を有するものではなく、したがつて、第三順位の根抵当権に対する競売開始決定は許されない。

(井野博道氏競売法論四一八丁第二節末段、我妻栄氏担保物権法民法講義III 一八三丁、三・(2) ・(3) 本文)

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